スカミゴ

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以下の記事にコメントします
脱マスク 脱着衣 (5/6 03:22)
2020年から始まったコロナにより、マスクは感染対策として必要不可欠なものとなった。外出するには必ずマスク。マスク無しで外に出ようものなら、非国民として冷徹な視線を四方八方から浴び続けなければならない世の中だった。

しかし2023年現在、着実に脱マスクが進んできている。喜ばしいことだ。しかし、もうひとつ「脱」しなければならないことがある。
そう、これを機に「脱着衣」を推進し、人間は裸になるべきだ。


思えば、マスクとは衣服のようなものだ。感染対策を口実に体の一部分を隠し、人に本来必要のない恥じらいを植え付けた。悪しき衣服の模倣犯だ。
原始、衣服とは、圧倒的な自然の脅威から自らの身を守るものだった。体温調節、細菌や害虫からの身体の保護等、目的は身の安全でしかなかった。

それから時が流れた。コロナ禍なんて比じゃないほどに時が過ぎた。
着衣文化が定着し当たり前になった時代に、身体を晒すことは恥であるという考えが醸成された。体は隠すものなのだと……。
それから、人は着衣を理由もなく当たり前だと勘違いし、当然の帰結として人が裸になる権利は剥奪された。人は裸を非文明的で恥ずかしい格好と見なし、嫌い、弾圧した。
現在、街中を裸で散歩すれば、国家権力に排除されてしまうだろう。


着衣は当たり前。裸はダメ。

我々はしばしば、「当たり前」という一語で問題から目を背けてしまう。
これはいけない。我々は変わらなければいけない。「当たり前」にも問題は存在しうるのだ。

着衣は当たり前……本当に「当たり前」だろうか?

人は誰しも、どんな場所でも裸になれる権利がある。
裸は人間本来の姿だからだ。
人間本来の姿を、一体誰が否定できようか?

今こそ、人間に恥を植え付けた着衣という名の悪しき文化は、拒絶しなければならない。

私には夢がある。いつの日か、かつての着衣推進者の子孫と我々裸推進派の子孫が裸で、兄弟として同じテーブルにつくという夢だ。

今はまだ夢物語かもしれない。しかし、一歩ずつ進んでいかなければならない。固定観念ほど変えるのが難しいことはないが、それでもこの世の中に変わらないものはない。
意思という名の松明を灯し続ければ、必ず社会は変わる。
人類が裸になるその日まで我々bj裸推進派は戦い続ける。 完



ここから本題ですが、皆さん家に居るときって裸ですか?
裸って気持ちいいですよね。僕は最近初めて裸で生活してみたのですが、開放感が素晴らしいです。
衣服なんてものがいかに人間を縛りつけているか実感できました。
早く裸で生活できる日々が来て欲しいものですね
おにまい過激派 スカミゴ[魏(笑)]
コメント(4) イイ!(91) イクナイ!(95)
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テルケプ『揺れてるほどエロさを感じるので服を着てる方が好きです』(5/6 19:02)
ふわふわ『草g!』(5/6 19:23)

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